» 2019/07/10/
日本がまだバブル全盛のころ、店舗設計は一つの実験場のようなものだった。奇抜なアイデアを取り入れ、他店にはないインパクトをいかに創出するか。そんな考え方の建築が乱立した時代。それから約30年の月日が流れた今、当時のアバンギャルドな建築の多くは、過去の産物として街の中に佇んでいる。
「安易にブームに乗っかると、とても陳腐な建物になるということを、僕たちの世代はずっと見てきました。昔は5年程度で建て替えるお店もたくさんあったけれど、今は愛着を持って長く使うケースが増えている。人が集まって、気持ちよく時間を過ごせる場所という意味では、店舗と家のリビングルームの関係は似てきていると思います」。
挑戦的な建築から多様化する価値を形にしていく時代へ。建築家という存在が、クライアントとどのような関係を築いていけるかが、より重要になっていると伊月さんは話す。
「乱暴な言い方をすれば、一番大切なのはデザインじゃない。自分たちが『何かを作ってあげた』というよりも『みんなで関わって、結果的にこんな店舗ができた』という方が楽しいし、尊い感じがする。でも、あと10 年経ったら僕の考え方もまた変わっているかもしれないけど(笑)」。
伊月さんが手掛けてきた店舗の中で、特に多くの要望を受けてきたジャンルのひとつにジュエリーショップがある。10年以上前に設計した郊外型の大型店がヒットし、全国各地から依頼が舞い込むようになった。徳島というローカルな地に身を置きながら、全国の大型店をデザインする。実に爽快な話だ。
「空間の雰囲気づくりは、ディテールの集合体のようなもの。使う人が気づかないような細かな部分を、いかに詰めていくかが重要になります。店舗によっては、わざとユルさや荒っぽさを表現する場合もありますが、ディテールが分かってないと、うまく外せない。言わば『きちんと、荒っぽく』作ることが、お店の存在感へとつながっていくのです」。
彼が手掛けた店舗には、驚くほど低予算の案件も含まれている。そのどれもが特別な存在感を放っているのは、絶妙な「外し方」を心得ているからだろう。ディテールを追求する力が養われているからこそ、逆の表現へとシフトすることも可能になるのだ。
「完成後も、フレキシブルに変化していけるような店舗を提案していきたい」と伊月さん。時代の流れや空気感を感じ取りながら、これからもユルく、温かく、そして洗練された店舗設計を続けていく。
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改築
Ebisu CAFE
徳島市八万町大坪126
■完成/2014年10月 ■施工/島出建築事務所
設計コンセプト
「築25年ほどのクライアントの自宅の一部をイタリアンレストランにコンバージョン。既存建物のフォルムを意識させないよう1階に店を慣入させたようなイメージとして、ビオトープや果樹を配したガーデンと一体となるファサードとなるよう計画した」 (伊月)
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改築
HERBE DE MER (エルブドメル)
徳島市幸町3-5-2(出口ビル1F)
■完成/2014年7月 ■施工/マツシタ店装
設計コンセプト
「長らく神戸元町で花屋を営んでいたクライアントが50歳を目前に控え、仕事と波乗りをライフスタイルとして同化させるべく徳島に移住するため開店した植物の店である。幸町公園の緑に開いた開口部、外壁に使われたシダーシェイク等全てクライアントを表現するイメージとして具現化した」 (伊月)
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改築
Right House
徳島市中常三島町1-38
■完成/2015年1月 ■施工/マツシタ店装
設計コンセプト
「僕が学生の頃から通っているサーフショップが営む喫茶店。開店後30数年を経てようやく全面改装に踏み切ったものの付き合いの長さゆえ提示された金額は『unbelievable』であった。全てを任せてもらうという条件のもと難産の末完成した。でも、僕自身はシンプルでとても気に入っています」(伊月)