建築家と素敵な家づくり
2013年11月にご逝去された富田眞二さんが設計したI邸『回遊する家』をどうしても誌面紹介したく、元スタッフの松尾さんに取材協力してもらうことで記事が完成しました。本文内容は通常バージョンとは少し違い、富田さんとの思い出話が随所に散りばめられています。

南側に大きく開くL字型の建物。西側は公園で、子どもたちが遊ぶ風景をルーフバルコニーから眺めてのんびりできるようにもなっている。玄関と反対側は外部収納になっており、キャンプやバーベキューなどご主人の趣味であるアウトドアグッズを収納できるように。
富田さんとの共通認識は“面白い家”
「面白い家にしましょうね」。これが、施主のIさんご夫婦と富田さんが最初に交わした約束でした。
そもそもの出会いは、家づくりを検討し始めていた頃に偶然インターネットで見つけた、富田さんの作品に奥様が一目惚れしたこと。すぐにでも会いたいと思ったそうですが、同時に「実績もすごいし、直接、連絡を取るのはハードルが高いな、と思って」と、『建てようネット』を利用されたそうです。
「でも、会ってみたらとても気さくな方・・・というか、建築好きなおじさんという感じで。毎回の打ち合わせが面白くて、気づけば3〜4時間経ってるなんてこともザラでしたね」と、当時を懐かしむご主人。打ち合わせに同席していた元スタッフの松尾さんも、「富田所長の打ち合わせのスタイルはいつも、お施主さんに建築を好きになってもらおうというところがスタートでした。ですから、とにかくよく話すんですね。午前中に打ち合わせを始めて、お昼ごはんを食べるのも忘れて…なんてこともありました」。
富田流の遊び心のあるプランとは?
打ち合わせを重ねるうちに、Iさんご夫婦の快活な性格やご主人のアウトドア好きということにヒントを得た富田さんは、開放的で、“つながり”を感じられるような間取りを提案。それは、中庭を囲うようにしたコの字やロの字の家をイメージしていたご主人の理想とは正反対のものでした。「でも、これはすごく不思議な感覚で、話を進めていくうちに、富田さんが提案する家に住んでいる自分たち家族の姿が、具体的にイメージできるようになったんです。改めて思い返してみると、富田さんが私たちのライフスタイルまで考えてくださっていたんだな、と思いますね」(ご主人)。
富田さんは、初回には必ず遊び心のあるプランを提案する方でした。I様邸でもそのスタイルは変わらず、玄関を抜けると10畳もの土間、その先にすぐにキッチンという、あくまで開放的で、“つながり”を前面に打ち出した間取りが提案されたそうです。しかし、「面白いことは面白いんですけど、さすがに大胆すぎるかな?と。その間取りでは、トイレに行くにも土間を通っていかなければならず、靴を履いてトイレに行くのも、なんだかなぁ、って(笑)」とのことで、そのある意味挑戦的なプランは却下。行き着いた答えが写真の「回遊する家」ということになります。
“面白い家”は“楽しめる家”へ
“つながり”という当初のコンセプトを貫徹し、南側に大きく開放。室内も、なるべく部屋にこもらずに、どこにいても家族の温度を感じられるような工夫がそこかしこになされています。と同時に、玄関を入って広い土間を抜け、LDKを通って吹き抜けへ、のぼり棒を上って2Fへ行けば、ベランダづたいにルーフバルコニーへ・・・と、ぐるぐると回れるような間取りの妙。今では娘さんが友達を呼んで走り回って遊んでいるそうです。面白い家は、楽しめる家へ。そんな光景を、富田さんも天国から見守って微笑んでいるのではないでしょうか。

「新建材は極力、使いたくなかった」というご主人の要望を受け、無垢の杉をふんだんに使用。段違いの天井に上向きに間接照明を設置したり、構造梁も大胆に見せることで温かみを醸すなど、家族のつながりを優しく包むような雰囲気を演出している。

玄関を抜け土間へ入ると、左手に客間となる和室。和室からは正面に中庭を望むことができ、土間を挟む風情はこの間取りならではということがよくわかる。ふすまを閉めると天井の色みもあって若干、暗めの雰囲気に。「少し暗いところがあった方が心地良い」という富田さんの意見から。
Iさんの夢を叶えた建築家/建築家・故 富田眞二
設計コンセプト
「この家はアウトドア派の家族のために庭との繋がりを大切にした住まいです。広い玄関にはベンチにもなる小部屋と庭への大きな出入り口があり、キッチンの前も大きな開口で庭との繋がりを強めています。また玄関の上は屋上テラスなっていて、東の庭と西の公園の緑を楽しむことができます。1階のデッキには2階のベランダに上がる登り棒があり、屋上テラスに上がる外部階段ができた時に『回遊する家』は完成します」
*(編集部注)設計コメントは、富田さんが自分のHP用に書いていたものをそのまま掲載しました。
建築データ
■家族構成
施主(37歳)、妻(37歳)、子ども1人(5歳)
■構造
木造2階建て
■工法
在来工法
■外部仕上
屋根/ガルバリウム鋼板竪ハゼ葺き
外壁/防火サイディングの上、アクリルリシン吹付
■内部仕上
床/杉板張り
壁/ビニルクロス
天井/構造梁現し他
■敷地面積
232.58㎡(約70坪)
■延床面積
合計 116.6㎡(約35坪)
1階 71.65㎡(約22坪)
2階 44.95㎡(約13坪)
■スケジュール
設計期間 2012年6月~2012年12月
工事期間 2013年1月~2013年6月
■設計監理
富田建築設計室
■施工
新井建設
I邸間取り
1 駐車スペース
2 アプローチ
3 緑化ゾーン
4 中庭
5 ポーチ
6 外部収納
7 玄関土間
8 畳の間
9 押入、収納
10 パソコンコーナー
11 リビングダイニング
12 キッチン
13 勝手口
14 WC
15 洗面脱衣
16 浴室(ユニットバス)
17 物干場(デッキ)
18 縁側
19 廊下
20 スタディーコーナー
21 子供室
22 寝室
23 ベランダ
24 ルーフバルコニー
25 小屋裏収納
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【富田眞二さんとの思い出写真】

印象に残っているのが棟上げの時。颯爽と最上段へ登り、自分のスマホで記念撮影を行っていた富田さんは、撮影後すぐにFacebookにアップ。ITを駆使してました。また、切妻を眺めながら、「あの比率の切妻が一番好きなんよ」と少年のように目をキラキラさせて言ってたことが思い出されます。